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2012/08/21 UP

Chilly Gonzales

想像と現実の世界を漂うファンタジー
ピアノ作品集「Solo Piano」の続編完成

text by bonjour records

ピアニスト、サウンド・プロデューサー、映画プロデューサーなど様々な表情を持ち、マルチに活躍する天才的音楽家、チリー・ゴンザレス。彼はジェーン・バーキンやビョークをはじめ、ダフト・パンクやジェイミー・リデルなど、一流アーティストからその才能を支持され、これまでに驚くべきコラボレーションやプロデュースワークを展開してきた。また近年では、ボーイズ・ノイズをプロデューサーに迎え、自身のアルバム「Ivory Tower」を発表。収録曲“Never Stop”がiPad2のCMソングに起用されたこともあり、また新たなリスナー層を獲得した。そんな彼が、次なる新作「Solo Piano II」を放つ。2004年に発表されたピアノ作品集「Solo Piano」の続編となる今作は、前作以降に書き溜めた100以上のメロディからベストなものを厳選。リスナーの心を躍動させ得る、極上の旋律が詰め込まれている。エレクトロ、ヒップホップ、ロック・オペラなど多彩な音楽ジャンルを横断しながら、いま“ピアノ回帰”を選択したチリー・ゴンザレス。その¨クリエイティヴの鍵”を訪ねる。

Chilly Gonzales
カナダ 出身で現在は、パリを拠点に活動しているチリー・ゴンザレスことジェイソン・チャールズ・ベック。2004年に 世界的称賛を集めたソ ロアルバム 「Solo Piano」を発表。エリック・サティやラヴェルといった作曲家を思い浮かばせ、深い静けさに引き込むようなポスト・モダン・クラシックの名盤として評価される。そして昨年リリースされた『IVORY TOWER』ではプロデュースにボーイズ・ノイズを起用し、クラシカルなピアノをメインにしながらも互いのセンスを見事に融合させたダンス・トラックを披露。また収録シングル“NEVER STOP”が、AppleのiPadのCDに起用されここ日本でも話題となり、今もなおロングセラーを記録している。続いて『The Unspeakable Chilly Gonzales』を発表。多種多様なプロジェクトを発表してきたゴンザレスにとっても、自身初となるフル・オーケストラとのコラボレーション・プロジェクトとなり、 オーケストラのシンフォニックなトラックをバックに、彼が独特のラップを乗せるという前代未聞の試みを行った

──前作「Solo Piano」を制作した時から、続編「Solo Piano II」の構想はあったのでしょうか。

「いや、(制作時は)なかったね。でも、『Solo Piano』のリリース6ヵ月後ぐらいから、徐々に気持ちが変わってきたんだ。あの作品の反響があまりによかったお陰で、それまでの私のファン層の大半を占めていたアンダーグランド・ミュージックのリスナー以外、つまり幅広い音楽ファンに認知されるようになった。当然それが励みとなって、ライヴも好評を得ることができたよ。そして、またいつかピアノだけで語る作品を作りたいと思うようになったんだ」

──そこから7年経ち、「Solo Piano II」の制作に至ると。

「続編を作りたい気持ちはあったけど、すぐに同じことを繰り返すわけにはいかないのもわかっていたんだ。なぜなら、『Solo Piano』を作ったとき、リスクもあったからね。でもそのリスクを恐れず、一か八かやったお陰で、あの作品は成功したんだ。そこで得た教訓は、まさに『リスクを伴うことをやり続ける』ということ。だから、続けざまに成功に胡座をかいて、ソロ・ピアノ作品を出し続けることは意味がないってわかっていた。なぜ一作目がうまくいったかというのは、僕が毎回、作品ごとにリスクを犯しているからで、何かに挑戦しているからだと思うんだよね。となれば当然、『Solo Piano』を作るには、再びリスクを犯す覚悟が必要だったのさ」

──あえて、自身にハードルを課すわけですね。

「うん、今回、私が犯したリスクというのは、一作目のように“偶発的ではない”ということだった。『果たしてピアノだけで勝負できるだろうか?』と、何も期待せずに臨んだ作品ではないということ。だって、いまとなってはピアノこそが私の活動の中核になっていりうからね。もはや、一作目のように純粋無垢な気持ちでは作れない。この8年間、とことんピアノの可能性を追求してきたんだからね。例えば、ラップの世界にピアノを持ち込む試みもした。その結果、ドレイクとも共演できたし、ファイストやダフト・パンクとも共演し、iPadのCMに曲が使われたりもしたわけで。つまり、どこに行っても“ピアノだけで勝負できる”という手応えも感じることができたんだ」

──経験と自信があるからこそ、リスクも背負えると。

「そうだね。あと今回初めて、『過去に自分がやったことをもう一度やる』ということに挑戦したよ。これまではどの作品も“意外性”、“新しいこと”、“変わったコンセプト”という売り文句があった。でも今回は、『一度やったことをさらに追求する』ということが最大の挑戦だったんだ。正直なところ、これまでのどの作品よりも怖かったよ(苦笑)。この『Solo Piano II』でしくじったら、『Solo Piano』を始めからやらなかったよりも最悪だ、と思ったぐらいさ。極度のストレスを感じた瞬間もあった。ファンは『Solo Piano』に非常に深い思い入れを抱いている。そんな彼らに『Solo Piano II』を出すことで、『聴き比べてみてくれ』と自ら言っているんだ。本当に大きな挑戦だよ。でも、じっくり時間を十分にかけて、『Solo Piano』でやったこと、つまり聴き手に究極の親密感を伝えることを受け継ぎつつ、新しい作品を作ることに専念したね。実際にあれから8年という年月が経っているんだ。当然僕も変わったし、『Solo Piano』を聴いた人たちだって変わっている。そんな彼らにも失礼のないように、しっかりいまの時代を反映した新しい作品を作りたかったんだ」

──この数年間の時間経過は、あなたの創作活動に何かしらの影響を与えていますか。

「『Solo Piano』から『Solo Piano II』までの間にやったすべてのプロジェクトは、ある意味、自分の本質とは違う世界に飛び込むことで、情報を集めていたんだ。例えば『Ivory Tower』のようなエレクトロの世界、そしてまったく知らない映画の世界だったりね。それからオーケストラの世界にしても、オーケストラで使用する楽器について多く学ぶことができた。そしてこれらすべてを経て、今回自分が一番熟知しているピアノの世界に戻ったわけだ。この8年間で学んだことすべてをピアノ単体に込める、という思いでね。前作はちょうどパリに引っ越したばかりのときに作ったんだけど、不思議なことに今作よりもフランスっぽさがあると思う。それに対して今作は、ずっとフランスに住んでいるにも関わらずより、国際的でポップ色が出ていると感じるよ。なぜなら、『Solo Piano II』は『Solo Piano』の成功によって可能になった、この8年間してきた僕の世界を股にかけたポップ・ライフスタイルを反映しているからだ。最初にパリに来たときはパリへの憧れが強くて、毎日のパリの生活の中で受けた刺激を曲に込めた。それが『Solo Piano』だ。それに対して今作は、忙しくてパリにほとんどいないせいもあって、そのパリへの憧憬よりも、忙しなく動き回る旅行記的な僕のポップなライフスタイルが色濃く出ていると思うよ」

──ここ数年、ボーイズ・ノイズとの『Ivory Tower』や、じつに実験的な『The Unspeakable Chilly Gonzales』を制作されていますが、それらの作品もあなたの音楽性の変化を示していると思うのですが。

「もちろん。『Ivory Tower』ではボーイズ・ノイズがプロデュースしたエレクトロニック・ミュージックの傑作と呼べる曲のなかで、自分のプレイをしなければならなかった。しかも僕は、1人で演奏しなければならなかったんだ。だから数週間かけて、エレクトロニック・ミュージックをピアノで演奏できるテクニックを探求したよ。そうすることで、モダンな楽器としての“ピアノの可能性”を追求したんだ。かたや『The Unspeakable~』でも、ラップをしながらどうやってパーカッシヴな、打楽器のようにリズムを刻むような弾き方ができるかを探求した。それらの経験は、今作の“Wintermezzo”や“Epigram In E”といった曲を作る上で役に立っている。ヒップホップならではのしつこいくらいに畳み掛けるといった、極めてリズム的なアプローチの弾き方だ。だから、いずれの作品もエレクトロニックとヒップホップという、現代において最も移り変わりの激しい最前線の音楽をピアノでどう表現するか、ということを追求することができたね。僕が弾くピアノにそういう現在進行形の音楽の要素がある、ということがすごく重要なんだ。なぜならダフト・パンクは、僕の音楽に多大な影響を与えている。すべてのラッパーもそう。共演する機会のあったドレイクもそうさ。それをみんなにもぜひ聴いてもらいたいね」

──実際、『Solo Piano II』を含め、あなたの音楽はクラシカルであると同時に、コンテンポラリーでカッティングエッジなものです。“時代性”がしっかりと見えるというか。

「もちろん、“時代性”は大切にしているよ。『Solo Piano』の曲がラッパーたちのミックス・テープで使われていることには理由があるんだ。彼らには僕のピアノにある“現代性”が聴こえるんだと思う。僕は普段、クラシックと同じくらいラップ・ミュージックをたくさん聴いている。それに加えてエレクトロ、タクシー等に乗ったときにはポップ・ミュージックだって耳にする。だから僕の中から自然と出てくるリズムは、自分の潜在意識のなかで常に鳴っている、ラップのリズム(ヒップホップのビート)なんだ」

──以前、あなたのすべての楽曲は「ネガティヴなエネルギーをポジティヴなエネルギーに変換することで出来ている」と話していました。今作においても、それは同様ですか。

「“メランコリー(哀愁)”をネガティヴと見るかどうか、にもよるね。『Solo Piano』の曲はむしろ情感を表現している。一方でラップの曲の場合は、言葉で明確な思想を伝えているわけで、多くの場合はラップのエンターテインメント性を追求しているよ。例えば“The Grudge”という曲があるんだけど、それは誰かに対して恨みを抱いていても、そのエネルギーをポジティヴな結果に結びつけることができると歌っているんだ。だから、ラップの歌詞に当てはまることのほうが多いだろう。ラップというのは思想を伝えるのに有効な表現方法だと思う。感情を伝えるよりもね。よく出来たラップであれば、本質を突くこともできるよ。ただ、それは思想の本質であり、“知性の本質”と呼べるだろう。ラップは言葉で伝える表現手段。だから人との会話で得られる本質なんだ」

──思想と感情は異なるものだと。

「そう、感情というのはあくまでも1人で体験するものだ。歌でさえ、レスリー・ファイストの美しい声をしても、感情の本質を突くことはできないと思うよ。歌い手が誰であろうと、歌だけでは物足りないと僕は感じてしまうんだ。一方、感情の本質を突くのは、インストルメンタル・ミュージックだけだと思う。ドイツ的な考え方ではあるけど、交響曲やベートーベンこそが究極の感情表現手段じゃないかな。その人の本質を表現し、人に共感してもらうには、言葉では絶対に不十分なのさ。だからといって、『Solo Piano』で僕は思想を伝えようとしているわけではない。ここでは感情や情感を表現しているんだ。もし思想を伝えようと思ったら、言葉を使うだろう。インタビューかラップの曲でね。だから『Solo Piano』にしても『Solo Piano II』にしても、大掛かりなコンセプトやメッセージはないよ。曲のタイトルにも深いメッセージはないね。その音楽への入り口を示してくれるちょっとした詩的なもの、という感じだ。そもそも、ピアニストにコンセプトは要らないんだ。概念的になるにはあまりに純粋な音楽だからね。知性的になるにも、あまりに純粋すぎる。もちろんネガティヴと呼べる感情が込められている曲もあるよ。ちょっとした怒りであったり、哀愁だったり。もちろんポジティヴな感情もある。でも、現実世界に当てはめることのできる感情ではない。どうやって生きていけばいいか、どうすれば前向きになれるか、というメッセージ性はない。『Solo Piano II』はそういう作品ではないんだ」

──とはいえ、あなたの音楽はドラマチックで、かつユーモアが溢れています。受け手の感情は大きく揺り動かされますが。

「うん、それこそが重要なんだ。僕の音楽が引き起こす感情反応だね。それが得られなければ、他の要素があっても意味はない。他の要素を加えることでその感情反応をより大きいものにすることができるんだ。そのプロセスこそがエンターテインメントなんだよ。表現者の中だけにある芸術的発想という純粋なものは、それを口から発した瞬間、あるいはライターなら執筆した瞬間、ピアノで奏でた瞬間、またはカメラのシャッターを押した瞬間、もはや純粋ではなくなる。それが素晴らしいんだ。紙にしたためたり、録音したり、人に伝えるという過程を経て、純粋さを失ってしまう。それがエンターテインメントの素晴らしさだと僕は思う。コミュージケーションの一種なんだ。そしてコミュニケーションでも発想を100%純粋に伝えることは不可能。それができたら、みんなが偉大な芸術家になってしまうよ(笑)。ベートーベンが最高の芸術家だと言われる所以は、彼がその100%に限りなく近づいたからだ。97%までいくことができた。自分の頭の中の純粋な発想をそこまで再現することができたわけで、100%に辿り着けるなんで誰も思っていない。100%できると思っている人は、ものすごく考えが甘いし、それが不可能だとすぐに思い知らされるだろう。この世の中に完璧なものなんてないんだから、完璧な芸術作品なんてあるわけがない。完璧でなくとも、それに共感してくれるオーディエンスがいてくれることが素晴らしいことだよね」

──芸術作品でもあり、エンターテインメントでもあるあなたの音楽。それを生み出すピアノは、あなたにとってどのような存在ですか。

「ピアノは逃避できる最高の場所だね。自分の想像の世界の中に、我を忘れて夢中になるのが好きな子供だったからね。大きな楽器のピアノというのは、ギターよりもトランペットよりも、自分の想像の世界に命を吹き込まれるのが音になって聴こえてくるものだ。想像の世界が現実のものになるのさ。最高の魔法だと思う。僕は極めて早い時期に、人生のできるだけ多くの時間、ピアノを弾いて過ごしたいと決めて、いまそれが現実になりつつあるね」

──なるほど。じゃあ次は、日本のクラウドにも最高の魔法をかけに来てください。

「来年の前半には日本にツアーで行く予定だ。みんなをまたエンターテインするのが、いまから待ち遠しいよ。2年前には素晴らしい時間を日本で過ごすことができた。日本にはピアノ音楽を愛好する長い歴史があるのも知っている。また、クレイジーなエンターテイナーを愛してくれる国でもある。だから僕はまさに日本のみんなにぴったりの人間だ。また日本に行くのを楽しみにしているよ」

Chilly Gonzales
「Solo Piano II」

Gentle Threat / Beat Records
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